考えれば考えるほど苦しくなるのはなぜ?

心理学

嫌なことがあった時。

将来が不安な時。

私たちは、何度も同じことを考えてしまうことがあります。

「あの時、どうすればよかったんだろう。」「もし次も同じことが起きたら?」「こうなった場合はどうする?」

一つ考えると、また別の「もし」が浮かんでくる。

気づけば、頭の中ではいくつもの未来が同時に進んでいます。

私自身も、昔から答えが出るまで考え続けることがよくありました。

でも最近は、考えすぎる理由は、単に「答えが欲しいから」だけではないように思います。

私たちはもしかすると、考えることで安心しようとしているのかもしれません。

私たちは答えより「安心」を探しているのかもしれない

心をやさしく包み込むイラスト

何も考えていない状態は、時に不安です。

  • 問題があるのに放置しているような気がする
  • 危険に気づいていないような気がする

逆に、「自分は今、この問題について考えている」と思えると、

  • リスクを認識している
  • 問題と向き合っている
  • 何か対策しようとしている

という感覚が生まれます。

まだ何も解決していなくても、考えていること自体が「ちゃんと向き合っている」という安心を与えてくれるのです。

だから私たちは、答えが出ないことでも考え続けます。

未来を予測し、「もしこうなったら」「その場合はこうしよう」と、いくつもの可能性を想像する。

たくさんの予防線を張ることで、不意打ちを避けようとしているのかもしれません。

嫌な出来事を何度も思い返す「反芻」

曇り空を背景に矢印がサークル上にループしている

過去の嫌な出来事を、頭の中で何度も繰り返し思い返してしまうことがあります。

心理学では、こうした思考を「反芻(はんすう)」と呼ぶことがあります。

「あの時なぜああなったんだろう」「何が悪かったんだろう」「次はどうすれば防げるだろう」

私自身も、今でもこうした反芻をしてしまうことがあります。

でも、これも単に嫌な記憶に苦しめられているだけではなく、次は同じことが起きないようにしたい」という気持ちがあるのだと思います。

過去を何度も再生しながら、別の選択肢を探す。未来を何度も想像しながら、危険を避ける方法を探す。

どちらも、

もう同じ失敗をしたくない。
もう不意打ちを受けたくない。

という、自分を守るためのシミュレーションなのかもしれません。

でも、考え続けることには副作用もある

部屋で一人考え込む女性

問題は、予防線をどこまで張れば安心できるのかということです。

一つ対策を考える。

すると、「でも、もしこれは?」と次の可能性が浮かびます。

その対策を考えると、「じゃあ、その場合は?」とまた別の可能性が出てくる。

安心するために始めたはずなのに、考えることで新しいリスクを次々と見つけてしまう。

そして、

不安になる

考える

少し安心する

新しいリスクに気づく

また不安になる

さらに考える

という循環に入ってしまいます。

最初は不安だから考える

でも途中からは、考えることがさらに不安を増やし、その不安がまた思考を続けさせる

頭の中の「タブ」が増えすぎる

ブラウザーのタブが無数に開いているパソコンのモニター

パソコンで調べ物をしていると、ChromeやEdgeのタブがいつの間にか大量に開いていることがあります。

考えすぎている時の頭の中も、少し似ています。

一つのことを考えているはずなのに、「これも確認しないと」「あれも関係ある」「その前にこっちを整理しないと」と、考えることが次々と増えていく。

最初は問題を解決するためだったはずなのに、最後には、問題そのものよりも増えすぎた思考に圧迫されるようになります。

考えることは、時に「行動した気分」にさせる

パソコン、メモ帳、付箋、コーヒーで完璧に考える

考えすぎには、もう一つ副作用があります。

それは、考えたことで「少し進んだ気」になってしまうことです。

調べる。
比較する。
計画を立てる。
成功した未来を想像する。

こうしていると、自分は前に進んでいるような気がします。

そして、

「もう少し考えてから」
「もっと調べてから」
「全部整理してから」

実際の行動は、いつかの自分に託されます。

けれど実際には、まだ何も始まっていないのに、どこか達成したような感覚になることがあります。

考えることは大切です。でも時には、考えることで満足してしまうこともあります。必ずしも考えるほど前に進めるとは限りません。

必要なのは、思考に「出口」を作ること

メモ帳とスマホで考えのメモをとる

では、どうすればいいのでしょうか。

私は、考えないようにする必要はないと思います。むしろ、考え続ける必要がなくなるところまで、一度整理する。その方が現実的です。

紙でも、スマホのメモでも構いません。

例えば、

  • 何が不安なのか
  • 何を避けたいのか
  • 次に同じことが起きたらどうするのか
  • 今できる対策は何か

を書いてみます。

そして、「次はこうする」というところまでまとめる。

頭の中だけで何度もシミュレーションし続けるのではなく、対策を一度外に出すのです。

すると、少なくとも、「私はこの問題について何もしていない」という宙ぶらりんな状態からは離れられます。

考えることの目的が、不安を繰り返すことから、次にどうするかを決めることへ変わります。

書き方や整理の方法については、また別の機会に詳しく扱いたいと思います。

まとめ

優しい陽ざしの中美しくひらく一輪の白い花

私たちは、答えが欲しくて考えているだけではないのかもしれません。

考えることで、「向き合っている」「備えている」「何かしている」と感じ、安心しようとしています。

過去を反芻するのも、未来を心配するのも、不意打ちを避けるためのシミュレーションなのかもしれません。

でも、予防線を張り続けると、頭の中のタブは増えていきます。不安が強まり、疲れ、時には行動できなくなります。

だから必要なのは、さらに考え続けることではなく、思考に出口を作ること。何が不安なのか。次に何ができるのか。

そこまで一度整理したら、考えることから離れてみる。

私たちは、すべての未来を想像し尽くしてからでなくても、次の一歩を踏み出せるのかもしれません。

ただ、何か問題が起きた時だけではなく、普段から何でも深く考えすぎてしまうこともあります。それは、完璧を求める気持ちとも関係しているのかもしれません。

コメント