完璧にすることは、いいことだと思っていました。
何かを始めようとすると、すぐに考えすぎてしまう。
もっといい方法はないか。失敗しない方法はないか。
そうして考えているうちに、気づけば挑戦する機会を逃し、人生は何も変わっていませんでした。
完璧主義はだめなのか?
失敗したくない。できるだけ完璧にしたい。
それは、悪いことなのでしょうか。
真面目に取り組み、細かいところまで確認し、失敗しないように努力している。それなのに、なぜか怒られる。仕事が遅い、不器用だと言われる。
自分ではずっと頑張っているのに、思うように評価されない。周りは先へ進んでいるように見えるのに、自分の人生は大きく変わっていない。
「ちゃんとやろうとしているだけなのに、なぜうまくいかないのだろう」
完璧主義で悩む人の中には、そんな取り残されたような感覚を抱えている人もいるのではないでしょうか。
物事は、ある程度の完成度までは比較的早く進められても、そこから細部を修正し、100点に近づけようとすると、さらに多くの時間と労力が必要になります。
そして、何より大きな問題は、完璧に仕上げるために時間と労力を使いすぎ、心身ともに疲弊してしまうことです。
一つのことをようやく完成させても、そこで完全燃焼してしまい、次の行動へ進む力が残っていない。
これでは、一回ごとの完成度は高くても、人生全体では前に進みにくくなります。
大切なのは、一つのことにすべてを使い切ることではありません。ある程度の質を保ちながら、次の行動へ移れる余力を残し、持続的に進んでいくことです。
考えすぎるとどうなるか(完璧主義の落とし穴)
何かを始める前から完璧を目指すと、「どうすれば失敗しないか」「もっと良い方法はないか」と考えること自体に、多くの時間を使ってしまいます。
まだ何も始めていないのに、考えるだけで一日が終わってしまうこともあります。
考えるだけで安心してしまう
あれもこれもきちんと考えていると、
「自分は問題に向き合っている」
「失敗しないように備えている」
という安心感を得られることがあります。
まだ行動していなくても、考えていること自体が、不安を一時的に和らげてくれるのです。
また、成功した将来を頭の中で想像することで、実際には何も始めていなくても、少し前へ進んだような満足感を得ることがあります。
そのため、考えること自体で満足し、現実の行動へ向かう力が弱くなることもあります。
行動が遅れ、経験を逃す
なかなか最初の一歩を踏み出せず、ようやく行動を始めた頃には、周囲はすでに経験を積み、次の段階へ進んでいることもあります。
完璧な準備を待ち続けることで、行動のタイミングを逃してしまうのです。
また、完璧であることばかりを求めると、失敗する可能性のある選択やリスクを避けるようになります。
しかし、失敗から学ぶ機会まで避けてしまえば、経験も判断力も増えていきません。
人生を完璧に生きようとしているのに、挑戦を避けた結果、何も進まず、何も成長しない。
その結果、かえって生きづらく、ハードな人生を歩むことになります。
失敗するリスクだけを恐れて動かないでいると、挑戦や経験を失うという、別のリスクが生まれるのです。
不安は、考えるほど大きくなることもある
完璧にできないことへの不安や、失敗した自分を責め続ける状態が強くなると、心の負担も大きくなります。
特に、失敗への過度な心配や自己批判を伴う完璧主義は、不安や抑うつ症状と関連することが研究でも示されています。
一方で、実際にやってみると、想像していたほど大変ではなかったり、問題が起きてもその場で対処できたりすることがあります。
よく「心配事の9割は起こらない」と言われます。
これは、すべての人や不安に当てはまる法則ではありません。ただ、全般性不安症の人を対象にした研究では、記録された心配の予測のうち、平均91.4%が実際には起こらなかったと報告されています。
考え続けた末に残るのは現状維持
考え抜いた末に、最初に思い浮かんでいた選択へ戻ることもあります。
それは、最初の判断が必ず正しかったからとは限りません。
選択肢を検討し続けることに疲れ、これ以上考えることをやめるために、最初の案や現状の選択へ戻っている場合もあります。
完全な安心を得ようとして考え続けても、不安をゼロにはできません。
一つの心配を解決すると、また別の「もし」が現れるからです。
考えている間は、一時的に安心できます。
しかし、その安心を求めて行動を先延ばしにすると、結果として残るのは現状維持です。
失敗しないために完璧を求めていたはずが、最後には、何も変えないことが最も安全な選択に見えてしまうのです。
大切なのは「未完成で動く」こと

スモールステップ
完璧な状態を待っていて動けないときは、最初の一歩を、拍子抜けするほど小さくしてみましょう。
本を読むのではなく、まず本を開く。
運動をするのではなく、まず着替える。
遠くまで出かけるのではなく、まず玄関の外へ出る。
一つ目の行動を始めると、そのまま次の行動へ進めることがあります。たとえそこで終わっても、「何もできなかった一日」ではなく、実際に一歩動いた一日になります。
完成度は80%まで
物事を始められるようになったら、次は、完璧になるまで続けるのではなく、「これなら十分に役割を果たしている」と思えるところで、一度終わらせてみましょう。
その目安が、80点です。
80点から100点へ近づけようとすると、細かな修正や確認が増え、完成度のわずかな違いに対して、多くの時間と労力を使うことがあります。
しかし、自分が気にしている細部の違いを、他人も同じように重要だと感じるとは限りません。
残りの20点を詰める前に、
「この修正で、受け取る人にどれほどの違いが生まれるだろう」
と考えてみることも大切です。
パレートの法則(2割でOK)
すべてに同じように力を使うのではなく、結果に大きく影響する部分を見極める方法もあります。
その参考になるのが、「成果の大部分は、一部の重要な要因から生まれることがある」というパレートの法則です。
よく「80対20の法則」と呼ばれますが、どんな物事でも、必ず重要な部分が20%になるという意味ではありません。
大切なのは、数字を正確に当てはめることではなく、
「この中で、結果を大きく左右する部分はどこだろう」
と考えることです。
全部を完璧に仕上げようとする前に、重要な部分を見つけ、そこから優先的に着手してみましょう。
断捨離
行動を軽くするためには、身の回りや頭の中に抱えているものを減らすことも役立ちます。
開きっぱなしになっているブラウザのタブ。
机の上に置かれた、今は使わないもの。
同時に進めようとしている予定。
頭の中に残り続けている、「あとで考えなければならないこと」。
必要がないと分かっていても、目に入るたび、思い出すたびに、私たちの注意は少しずつそちらへ向かいます。
小さなことに思えるかもしれません。しかし、不要なものを手放したときに、
「これがずっと気になっていたんだ」
と、初めて気づくことがあります。
物理的なものは、捨てる、しまう、視界から外す。
頭の中のことは、紙やスマートフォンへ書き出し、今考えないことを決める。
全部を抱え続けるのではなく、今取り組む一つだけを残すことで、目の前の行動へ集中しやすくなります。
完璧に見える人ほど、すべてを完璧にはしていない

一流の芸能人やスポーツ選手、長年その道を究めてきた職人を見ると、何もかも完璧にこなしているように見えます。
その姿に憧れて、「自分もすべてを完璧にしなければならない」と考える人もいるでしょう。
しかし、完璧に見える人ほど、本当に大切な部分と、力を抜いてよい部分を見分けています。
熟練者は、目に入る情報をすべて同じように処理しているわけではありません。研究でも、専門性の高い人は、課題に関係する情報へ注意を向け、重要でない情報を効率よく除外する傾向が示されています。
つまり、一流の人が完璧に見えるのは、すべてに同じ時間と労力を注いでいるからとは限りません。
結果を大きく左右する部分を知り、そこへ集中している。反対に、成果への影響が小さい部分は、あえて手放したり、一定の完成度で区切ったりしているのです。
完璧主義には、高い目標に向かって努力する側面と、失敗を恐れ、自分を責め続ける側面があります。前者は成果と結びつくことがありますが、後者は燃え尽きや不安などにつながりやすいことが研究でも示されています。
一流を目指すことと、すべてを完璧にすることは同じではありません。
むしろ、限られた一日の中で何を大切にし、何をやらないのかを決めること。それは成功への特別な裏技というより、前へ進み続けるための「基本のき」なのかもしれません。
素人は、完成した姿だけを見て、その裏側にある選択や省略までは見落としがちです。
完璧に見える人をまねるなら、すべてを完璧にしようとするのではなく、何に力を集中し、何を手放しているのかを見ることが大切です。
まとめ
真面目に取り組むことや、より良いものを作ろうとすることは、本来、大切な長所です。
しかし、失敗を許せず、完璧になるまで動けなくなると、その長所が行動を止める罠へ変わることがあります。
完璧な準備を待つのではなく、まずは小さく始める。
すべてに力を使わず、結果を左右する部分へ絞る。
100点になるまで続けず、十分に役割を果たした段階で区切る。
そして、頭の中や身の回りに抱えているものを減らす。
思考をなくす必要はありません。
考えることと行動することの間に区切りをつけ、未完成のまま現実へ出してみるのです。
そうすることで、立ち止まっている時間が少しずつ減り、実際に行動する時間が増えていきます。
人生を変えるのは、頭の中で完成した完璧な計画ではありません。
未完成でも踏み出し、試しながら修正していくことです。
未完成のまま行動すれば、うまくいかないことや、傷つくこともあるかもしれません。
それでも、自分を責めすぎず、失敗を受け入れられるしなやかさもあるといいのかもしれません。

