あなたの苦しみも、隣にいる人の怒りも―【認知の歪み】が原因かもしれない

心理学

メッセージの返信が来なかったとき、「嫌われた」「攻撃された」「自分は大切にされていない」と決めつけてしまう。相手の気持ちを実際に確認しないまま、まだ起きていない悪い出来事を想像して怒ったりして苦しんでいませんか?また、そんな人が隣にいて悩んでいませんか?

私は、当事者として苦しんだことも、周囲で戸惑ったこともあります。だからこそ、その苦しさはよくわかります。

攻撃されたと思っている本人の周りは、「そんなつもりではないのに」「なぜ、そう受け取ったのだろう」と困惑しているかもしれません。

ここで重要なのは、本人にとっては単なる想像ではなく、そのとき見えているものが、その人にとっての現実になってしまっていることです。

だから、周りがいくら攻撃していないと説明しても、本人にはなかなか伝わりません。

変わりたいと思っても、怒りや不安が強くなると、同じ考えを何度も繰り返してしまう。頭では分かっていても、その思考のループから抜けることは簡単ではありません。

このような認知の歪みは、外から見れば分かりやすくても、自分の中にあるときには気づきにくいものです。

私は、これからお話しすることを理解したことで、認知の歪みによる苦しみや思い込みから、少しずつ抜け出せるようになりました。

認知の歪みとは何か

たとえば、相手から返信が来ないとします。「忙しいのかもしれない」と考えることもできますが、

「嫌われたに違いない」
「わざと無視されている」
「自分はいつも見捨てられる」

と考えてしまうのが認知の歪みです。

返信が来ていないことは事実です。しかし、「嫌われた」「無視された」という部分は、まだ確認されていない解釈です。

認知の歪みとは、このような出来事を受け取るときに現れる、偏った思考のパターンです。

私たちは、起きた出来事をカメラのようにそのまま見ているわけではありません。過去の経験、感情、思い込みなどを通して意味を付けています。

そのため、同じ出来事でも受け取り方は人によって変わります。

よくある認知の歪み

認知の歪みには、いくつか代表的なパターンがあります。返信が来ないという一つの出来事から考えてみます。

返信がない場面から生まれる代表的な認知の歪み

一つの不安から複数の思考が広がっていってしまいます。

認知の歪みが強くなると、事実と解釈の境目が見えにくくなり、頭に浮かんだ考えを現実そのものとして受け取ってしまいます。認知行動療法では、このような自動的な思考や認知の偏りを見つけ、その妥当性や役立ち方を検討していきます。(Beck Institute)

認知の歪みの背景にあるもの

強い信念“イラショナルビリーフ”

認知の歪みと似た言葉に、「イラショナル・ビリーフ」があります。

絶対やべき思考など代表的なイラショナル・ビリーフ

こうした強い信念があると、現実が自分の理想どおりにならなかったとき、怒りや不安が強くなります。

認知の歪みが、出来事に対して現れる偏った受け取り方だとすれば、イラショナル・ビリーフは、その背景にある強い信念や要求です。

柔軟な考え方へ変えていく重要性

論理情動行動療法では、このような硬直した、自分を苦しめる信念を、より柔軟な考え方へ変えていくとしています。(Albert Ellis Institute)

たとえば、

人は自分を大切に扱うべきだ

という信念が強いと、返信が遅れただけでも、

自分を軽く扱っている
嫌われているに違いない

と受け取りやすくなります。

認知の歪みの背景には、このような「絶対」「普通は」「こうあるべき」といった、自分なりのルール・信念が隠れていることがあります。

ここで、実際に認知の歪みを変えていくことが、なぜ大切で、なぜ難しいのかも見ていきましょう。

認知の歪みの改善はハードルが高い

思い込みが現実を作ってしまう

認知の歪みは、本人の頭の中だけで終わらないことがあります。

「嫌われた」と思い、相手を避ける → 冷たい態度を取る → 相手を責める → 試すような言動をする

相手は理由が分からず、戸惑います。やがて相手に距離を置かれると、「やっぱり自分は嫌われていた」と確信します。

思い込みによる行動が人間関係を悪化させる循環

最初は確認されていない思い込みだったものが、その思い込みに沿った行動によって、現実の人間関係まで変えてしまうのです。

本人は、自分を守ろうとしていたのかもしれません。

傷つく前に相手を遠ざける。
裏切られる前に疑う。
否定される前に攻撃する。

しかし、自分を守るための考え方が、自分を孤立させ、さらに「誰も信用できない」という信念を強めることがあります。

心が弱っていると、別の見方が難しくなる

認知の歪みと抑うつには関連があり、否定的な認知の偏りが強いほど、抑うつ症状も強い傾向が報告されています。(PubMed)

否定的な考え方が気分を落ち込ませ、気分が落ち込むことで、さらに物事を否定的に受け取りやすくなる。

この循環に入ると、周囲から別の見方を示されても、簡単には受け入れられません。

※認知の歪みだけがうつ病の原因というわけではありません。心の不調には、生活環境、強いストレス、身体的な要因など、さまざまなものが関係します。

大切なのは、

苦しいと考えが偏ることがある
考えが偏るから、さらに苦しくなることもある

という循環に気づくことです。

本人と周り、大切なこと

本人:「その考えは、本当か」と立ち止まる

認知の歪みから抜けるために、最初から前向きになる必要はありません。「自分がいま考えていることは、本当に事実だろうか」と立ち止まります。

そして、次のように問い直します。

「その考えを裏づける証拠はあるか」
「反対の可能性はないか」
「自分は相手に確認したか」
「同じことを友人が言っていたら、何と答えるか」
「絶対、いつも、普通は、という言葉を使っていないか」

これは、自分の感情を否定するためではありません。悲しかったことも、不安になったことも事実です。ただし、感情が強いことと、そのとき頭に浮かんだ解釈が正しいことは別です。

認知行動療法では、思考の内容を現実に照らして点検します。

一方、前回ご紹介したACTでは、

今、「嫌われた」という考えが浮かんでいる

と、思考を思考として眺めます。

ACTは、つらい思考を無理に消すよりも、思考との関係を変え、それに行動を支配されにくくすることを重視します。(コンテクスチュアルサイエンス協会)

周囲:相手を否定をしないことと、自身を守ること

認知の歪みが強い人を前にすると、周囲は、

事実を説明すれば分かってくれるはずだ
自分が助けなければならない

と思うことがあります。

しかし、本人が考えを見直す準備ができていないとき、外から変えようとしても届かないことがあります。相手を変えることは簡単にはできないということを気に留めておくことが大切です。

ただ、話を聞くことはできます。相手の苦しさを否定せず、

そう感じるほどつらいのだね

と受け止めることもできます。

しかし、相手の思い込みによる決めつけや攻撃まで、受け入れる必要はありません。助けることと、自分を犠牲にすることは別です。

何度説明しても責められる。
相手の感情に巻き込まれ、自分まで苦しくなる。
安心させても、また同じことが繰り返される。

そのような場合には、距離を置くことも必要です。

距離を置くことは、必ずしも見捨てることではありません。相手を変えようとすることをやめ、自分の生活を守ることでもあります。

認知の歪みに悩む本人と周囲が大切にしたい対応

大切なのは指摘ではなく、余白を持てるようにすること

苦しいときに、

考え方を変えましょう
それは思い込みです

と言われても、簡単には受け入れられないと思います。だから、いきなり考えを変えることはしません。ただ、他の可能性の余地を残してみる。

「嫌われたに違いない」 → 嫌われた可能性もある。でも、違う可能性もある。
「自分は絶対に駄目だ」 → 今は、そう感じている。

その小さな余白が、苦しい思考のループから抜ける入口になります。

周囲の方は、まずは相手の気持ちに共感することが基本です。場合によっては、「もしかしたらこういう可能性はないか」と聞くのもいいですが、この場合も相手が変わることに期待をしないことが大切です。

認知の歪みは、弱さや性格の悪さではありません。心が自分を守ろうとして身につけた考え方の傾向が表れているだけなのです。すぐに変えられなくても、自分の考えを一度立ち止まって見られたなら、それはすでに大きな一歩なのだと思います。

おわりに

私自身も、変わろうと思いながら、感情に引っ張られる時期がありました。そして誰でおちい得るものでもあると思います。

私にとって、認知の歪みに気づき、ACTに出会ったことは、苦しい思考のループから抜けるための強い処方箋になりました。

すぐに何も感じなくなったわけではありません。

それでも、

これは現実そのものではなく、今の自分の受け取り方かもしれない

と気づけるだけで、以前とは違う行動を選べるようになりました。

克服するのは、本人も周りもとても大変で容易ではありません。時間もかかることだと思います。変化にはとても長い時間がかかることもあります。

周囲の人まで「何とか変えなければ」と背負いすぎると、同じ苦しみのループに巻き込まれてしまうことがあります。

この記事が少しでもお役に立てれば幸いです。